自由は不自由だ の意味は何?ジョージ富士川のモデルは誰?

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こんにちは、ツクです。

朝の連続テレビ小説「スカーレット」の登場人物は個性的で、どこか一風変わった人物が登場しますね。

中でも、高名な芸術家、西川貴教さん演じるジョージ富士川は気になる存在です。

昭和のあの時代にあって、金髪姿のかっとんだ姿。

彼のキャッチフレーズは、「自由は不自由だ」

って、どういう意味?。。

ジョージ富士川ってモデルはいるの?と気になりますね。

「自由は不自由だ の意味は何?ジョージ富士川のモデルは?」と題してまとめてみました。

ジョージ富士川にちょっと近寄っててみましょう。

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「自由は不自由だ」ってどういう意味?

自由は不自由?

どういうこっちゃ?ですね。

自由=不自由?

喜美子の家をジョージ富士川が訪れた時、この言葉に続きがありましたね。

自由は、不自由や。で、不自由の先にまた自由がある。

うーん何か解ったような解らないような。

以下は私なりに頭をひねった解釈です。

さあ自由だ!好きなように表現してもいいよと言われても表現できないですよね。

特に芸術は価値を伴うもの。

価値は比較する対象があって、相対的に自分の価値がわかります。

自由な世界も、結局関係性の中で生きる人間にとっては不自由につながる尺度が必要になります。

関係性が比較のモノサシになり、比較のモノサシは、人間をがんじがらめな不自由をもたらせます。

自由は不自由や。

しかし、尺度を自分自身の中に見つけた時、自分は何にでも変われる力を得ることになります。

世界の中心に自分を置いたとき、自分自身を軸に世界を見つめたとき、不自由な囚われから解放されて自由になります。

自分が書き換えられます。

そう自分は書き換えられるんです。

間違っちゃいけないのは自己中心的な自我を押し通すのではなくて、関係性の中で自分の中に尺度を再発見するということですね。

思ったより奥深い言葉

自由の究極の姿は、宇宙空間に漂っているようなもの。

上もなければ下もない、存在するのは自分のみ。

何と不自由なこと。。

基準となるものがない。

不自由。重力という人間を地面に固定する゛不自由が゛上下左右を生み、人間関係をはじめ人間を不自由にする関係性が生まれ、その中で相対的な自分を知ります。

自分を限定する不自由が自分を規定してゆく。

気がつけばがんじがらめになっている。

でも、世界の中心に自分を置いたとき、自分を軸にした価値を考えることができたなら、不自由の向こうにある自由を手にできます。

実際にはそうも言えない゛過酷な現実゛も存在しますか。

ジョージ富士川のモデルは

そう、岡本太郎さんです。

岡本太郎は、喜美子のモデルの神山清子さんが勤めていた近江科学陶器と関係が深く、タイル壁画に岡本太郎の欲しがっていた赤を与えてくれたのが信楽焼でした。

岡本太郎さんの大事な色、強烈な赤が生まれ、多くの陶板壁画作品が生まれています。

残念ながら、現実には、神山清子さんとの直接的な接触はなさそうですが、岡本太郎と信楽焼には深い関係があります。

岡本太郎さんのキャッチャーな言葉「芸術は爆発だ」はCMにもなり、岡本さんといえば、この言葉というほどに有名な言葉でした。

芸術は爆発だ

岡本太郎さんの天才的な、常識を突き破る発想は、大阪万博で太陽の塔を、天井を突き破らせた有名なお話があります。

芸術について突き詰めて考えて考え抜いた結論が「芸術は爆発だ」です。

自由の向こうに不自由があり、不自由を突き抜ける爆発力、といったところでしょうか。

まとめ

朝の連続テレビ小説「スカーレット」でずっと気になっていた、ジョージ富士川の「自由は不自由だ」の意味は何かについて考察してみました。

ジョージ富士川のモデルは岡本太郎、有名な「芸術は爆発だ」という岡本太郎さんのキメゼリフが置き換えられたものでしょう。

ドラマの中、喜美子の成長過程でジョージ富士川の言葉は生きてくるのでしょうか。

物語の展開を期待したいところです。

「不自由だ の意味は何?ジョージ富士川のモデルは誰?」と題してまとめてみましたがいかがでしたでしょうか。

最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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