内田裕也の告別式やお別れの会や追悼番組は?経歴や作品も!

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こんにちは、ツクです。

内田裕也さんが逝去されたとのニュースが飛び込んできて驚いております。

奥様の樹木希林さんが逝去されて後を追うように逝かれましたね。

およそお年寄りらしからぬお年寄りでカッコいいなと思っていました。

奥様の逝去は少なからずショックだったのではないでしょうか?

内田裕也さん自身、晩年は病気との闘い、車椅子姿を時々お見かけしましたが、遂に力尽きられてしまいましたね。。

心からご冥福をお祈りいたします。

内田裕也さんの告別式やお別れ会はいつとりおこなわれるのでしょう、追悼番組は放送されるのでしょうか。経歴や遺された作品は?

「 内田裕也の告別式やお別れの会や追悼番組は?経歴や作品も!」と題して纏めてみました。

それでは進めて参りましょう。

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  内田裕也の告別式やお別れの会や追悼番組は?

年明けから体調が悪化して、3月17日遂に逝去されたようです。

1995年に俳優の本木雅弘(53)と結婚された長女の也哉子(43)さんらが、裕也さんに寄り添っていらしたようです。

告別式は近親者のみの家族葬にて執り行われ、後日、お別れ会が実施される予定だそうです。

告別式やお別れの会、追悼番組など、詳細はわかり次第追記して参ります。

それにしても、お年を感じさせない、ロックンローラー魂を常に持ち続け、独自の世界を歩き続けられたパワフルな人生でしたね。

都知事選に出られたりとあっと驚く行動力でしたね。

俳優としても独特な凄みのある存在感でした。

 

内田裕也さんのお別れの会が開かれました。

内田裕也さんらしい、お別れの会もカッコいい内田さんでしたね。

天国でも大好きなロックンロールを歌っていらっしゃる事でしょう。

 

内田裕也さんの経歴や作品

内田裕也さんの経歴は以下の通り
wikiを参照しています。

本名:内田 雄也

生年月日:1939年11月17日

没年月日: 2019年3月17日(79歳没)

出生地 :兵庫県西宮市

職業 :ロック歌手、俳優、脚本家、映画監督

兵庫県生まれの大阪府堺市育ち。

小さい頃は転校続きだったようですね。

1955年、大阪府立旭高等学校へ入学。

子供時代の内田さんは、意外にも発明に凝る少年だったとか。

真面目で勉強熱心なタイプだったというのですからちょっと意外ですね。

中学時には生徒会副会長を務められていたそうですよ。

中学ではラグビー部、高校では野球部に所属。

しかし、エルヴィス・プレスリーに憧れたことで人生が転換、学校をドロップアウトされ、旭高等学校を退学して1956年、大阪府立三国丘高等学校に転校されました。

1957年、高校卒業後、日本大学法学部の夜学中退されています

最初バンド・ボーイとして音楽生活を開始され、間もなく佐川ミツオ(現・佐川満男)と共に、バンドボーイ兼ヴォーカルとしてロカビリーバンドのブルー・キャップスを結成それました。

歌謡曲全盛の時代に、いち早くロックやロカビリーを取り入れ、広い人脈をもって精力的に活動された内田裕也さん。

1966年6月のビートルズ日本公演では、何と尾藤イサオとのツインボーカル、バックにジャッキー吉川とブルーコメッツ、ブルージーンズを従えた特別編成のバンドで前座として出演されているのだそうですね。

ご自身の信念で音楽を追及され破天荒と言われるほどの行動力で突き破ってゆかれました。

1967年、春頃から3か月ほどヨーロッパに渡り、新しいロックを体験、その経験を活かし、同年11月に麻生レミをヴォーカルとしてフラワーズ(バンド)を結成。

1973年、初のソロアルバム『ロックンロール放送局(Y.U.Y.A 1815KC ROCK’N ROLL BROADCASTING STATION)』を発表。

10月には悠木千帆(後・樹木希林)と結婚されています。

俳優としても独特な存在感で、「十階のモスキート」や、「戦場のメリークリスマス」など、数々の作品に出演されていますね。

「コミック雑誌なんかいらない」「魚からダイオキシン」などでは脚本まで手がけられ、クリエイトするパワーに圧倒される思いです。

俳優としてこんなに作品があります。

テレビドラマ

  • ザ・ガードマン
  • 三匹の侍
  • 七人の刑事
  • 翔んでる警視
  • スターライト・キッズ 新・北斗七星伝説
  • 美少女新世紀 GAZER
  • 警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官

映画

  • 素晴らしい悪女(1963年)
  • エレキの若大将(1965年)
  • クレージーだよ奇想天外(1966年)
  • お嫁においで(1966年)
  • パンチ野郎(1966年)
  • リオの若大将(1968年)
  • コント55号 世紀の大弱点(1968年)
  • 恋のつむじ風(1968年)
  • 昭和元禄 TOKYO・196X年(1968年)
  • ザ・タイガース 華やかなる招待(1969年)
  • ドリフターズですよ! 特訓特訓また特訓(1969年)
  • ドリフターズですよ! 全員突撃(1969年)
  • 野蛮人のネクタイ(1969年)
  • キャロル(1974年)
  • 炎の肖像(1974年)
  • 不連続殺人事件(1977年)
  • 実録不良少女 姦(1977年)
  • 新宿乱れ街 いくまで待って(1977年)
  • 最も危険な遊戯(1978年)
  • エロチックな関係(1978年)
  • 桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール(1978)
  • 餌食(1979年)
  • スーパーGUNレディ ワニ分署(1979年)
  • 夢一族 ザ・ライバル(1979年)
  • 赤い暴行(1980年)
  • 少女娼婦 けものみち(1980年)
  • ヨコハマBJブルース(1981年)
  • 無力の王(1981年)
  • 嗚呼! おんなたち 猥歌(1981年)
  • 水のないプール(1982年)
  • コールガール(1982年)
  • さらば相棒(1982年)
  • 十階のモスキート(1983年)
  • 戦場のメリークリスマス(1983年)
  • ハンガー(1984年)
  • コミック雑誌なんかいらない!(1986年)
  • さらば愛しき人よ(1987年)
  • 花園の迷宮(1988年)
  • 座頭市(1989年)
  • ブラック・レイン(1989年)
  • 魚からダイオキシン!!(1992年)
  • エロティックな関係(1992年)
  • 共犯者(1999年)
  • 修羅のみち2 関西頂上作戦(2002年)
  • 実録・安藤昇侠道伝 烈火(2002年)
  • すてごろ 梶原三兄弟激動昭和史(2003年)
  • 赤目四十八瀧心中未遂(2003年)
  • IZO(2004年)
  • ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム(2004年)
  • JOHNEN 定の愛(2008年)
  • 星くず兄弟の新たな伝説(2018年)

ツイッターの声

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またひとり過去の方となってしまい寂しいです。

まとめ

内田裕也さんの告別式は内輪でとりおこなわれ、後日お別れの会が執り行われるようです。

お別れの会や、追悼番組などわかりましたら追記します。

「 内田裕也の告別式やお別れの会や追悼番組は?経歴や作品も!」と題して纏めてみました。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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