イランはどんな国?歴史や日本との関係は?観光名所は?

スポンサーリンク




こんにちは、ツクです!

安部首相がイランを訪れ会談が外交交渉が行われました。

アメリカとイランの間で非常に難しい外交交渉ですね。

果たして落しどころはあるのでしょうか。

全世界が注目するところです。

 

長きにわたり中東の火薬庫となっているイランですが、そもそもどのような国なのでしょう。

中東は危険な地域というイメージが濃いですが、観光面はどうなのでしょうか。

「イランはどんな国?歴史や日本との関係は?観光名所は?」と題してまとめてみました。

それでは進めて参りましょう!

スポンサーリンク

イランはどんな国?

イラン、(正式名称はイラン・イスラム共和国)はご存じのとおりのイスラム教の国です。

国家の最高指導者はアリー・ハーメネイ師、イスラム教シーア派の法学者であり、大統領も務めたことのある、宗教や政治等国政の最終決定権を持つ絶対的な権力を持っています。

パーレビ国王を打倒したイスラム革命の英雄ホメイニ師の弟子でありホメイニ師に次ぐ第二代の最高指導者です。

そしてもう一人、ロウハニ大統領がいます。

最高指導者と大統領、どちらが上かといえば最高指導者であり、大統領は国会や司法と並ぶ行政の長に過ぎず、軍に対する権限などは持っていません。

最高指導者ハーメネイ師がいかに大きな権力を持っているかということですね。

安部首相は、ハーメネイ師とロウハニ大統領と会談します。

イスラム教は、歴史的にスンニ派とシーア派の争いが激しく、この両派はムハンマドの後継者に、血筋をとるかとらないかの争いであり、血筋をとらないとするシーア派が治める国家です。

イランという国を歴史的に眺めた時、ペルシャと呼び変えればわかりやすいでしょうか。

国土は広く、世界17位、中東で二番目です。

首都はテヘラン、ホルムズ海峡に面し地政学的に非常に重要な国です。

ペルシャとは西洋諸国の呼び方です。

イランとはアーリア人の国を表し、自身をそのように呼んでいました。

彼らのアイデンティティとしてはイランなのです。

主要産業は勿論、石油産業関連です。

天然ガス埋蔵量は世界第一位、原油埋蔵量は世界第四位です。

又、自動車産業が盛んで、100万台超の国産自動車を生産しています。

失業率は11%と結構高い状態です。大きなデモが起きたりと、イランにとって国内治安上、頭の痛い悩みです。

 

イランの歴史

イランの歴史は古代文明からの長い歴史があります。

しかし地勢的に様々な強国の、アッバース朝や、モンゴル帝国の影響支配下にあった時期もあります。

イランの歴史を語る時に、現在のイランの地域に限ってイラン語ることはできず、中東や周辺のエリア全体で考えなければ歴史は語れません。

イランという言葉の語源はアーリア人に繋がります。

所謂インドヨーロッパ語族と呼ばれる人々が古代、中東、インドに進出しました。

ヨーロッパからインドにかけての広い地域が元をたどればひとつの民族でつながっています。

アーリア人はヨーロッパへ向かった西方系と中東へ向かった東方系に別れます。

そして、イラン高原に移住したアーリア人はアケメネス朝をつくりますが、彼らはベルシアと呼ばれました。

彼ら自身は、アーリア民族の帝国と自称し、エーラーン、つまりは今日のイランにつながる誇りある名前なのです。

イランの歴史は古く複雑で、書ききれませんのでここらへんにしておぎますね。

 

イランと日本の関係は

日本とイランが外交関係を結んだのは、1926年パフラヴィー朝ペルシアの時代です。

第二次大戦以外では、友好関係が維持されています。

自ら石油資源を持たない日本にとっても、イランは重要な国であり、サウジアラビアとアラブ首長国連邦に続ぐ三番目に重要な石油供給国なのです。

要人交流、文化交流の歴史があります。

イランにおいて、テヘラン大学では1994年から日本語教育が行われています。

 

イランの観光名所は

イランは非常に歴史の深い国であり観光名所は豊富で魅力あります。

ペルセポリス

アレキサンダー大王によって焼きつくされたペルシャの古代遺跡は、始めに思い浮かぶ観光スポットです。

焼き尽くされた後、さらには、地震などで倒壊し、地中にうもれていました。

今に残る遺構は、いかに高い文化を持ち栄えていたのかわかります。

イマーム広場

エスファハーンにある広場です。

青を基調とした精密なアラベスク模様のタイルで覆われた荘厳なモスクや宮殿によって囲まれていることから、かつては「ここには世界の半分がある」とも言われました。

ユネスコの世界遺産に登録されている

ゴレスターン宮殿

18世紀末から20世紀初頭にかけてのカジャール朝の宮殿です。

18世紀の建築と技術に、伝統的なペルシャ工芸、西洋的な要素を加えた、新しい様式の近代の建築です。

贅をつくした美しい宮殿ですね!

長い歴史を持つイランの名所は多く、訪れてみたい場所です。

それにしてもイスラムの建築の何と美しい事でしょうね。

 

まとめ

イランは古代文明から続く長い歴史があり、イランという言葉は古代アーリア人のアーリアの響きを引き継いだもので誇りある名前なのです。

日本との関係は良好で日本にとって大事な石油の供給国です。

長い歴史をもつイランには数多くの観光スポットがあり、過去の文明や、近代の絢爛豪華な宮殿までイスラムの美しい建造物や文化を味わうことが出来ます。

「イランはどんな国?歴史や日本との関係は?観光名所は?」と題してまとめてみましたがいかがでしたでしょうか?

最後までお読みくださりありがとうございました!

スポンサーリンク







コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください