命みじかし恋せよ乙女の歌の名前や作詞作曲は誰?詩の全文と背景も

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こんにちは、ツクです。

まもなく2019年8月に樹々希林さんの最後の出演作、「命みじかし、恋せよ乙女」が上映されますね。

この「命みじかし、恋せよ乙女」はあまりにも有名なフレーズ、小説のタイトルにもなったり、色んな映画で使われていたり。

でも案外とちゃんとこの曲のことをわかっていなかったりします。

「命みじかし恋せよ乙女」についてちょっと掘り下げてみたいと思います。

「命みじかし恋せよ乙女の歌の名前や作詞作曲は誰?詩の全文と背景も」と題して誰もが一度は聞いたことがあるこの歌について迫ってまいります。

それでは進めて参りましょう。

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命みじかし恋せよ乙女の歌の名前と作曲作詞は誰

あまりにも有名なこのフレーズで始まる歌の名前は、「ゴンドラの唄」ですね。

作曲は中山新平、作詞は吉井勇です。

実に1915年(大正4年)に発表された古い歌です。

作曲の中山新平は沢山の童謡を作っているあまりに有名な方ですね。

『シャボン玉』や『てるてる坊主』、『雨降りお月』、『証城寺の狸囃子』など、ああこれもかというほど、懐かしい心の原風景にある曲を数多残してくれていますね。

作詞の吉井勇は歌人や詩人。脚本家として作品を残した人ですが、お祖父様は薩摩の幕末活躍し、明治に伯爵となったかつての志士、吉井友実の孫にあたります。

お父様は海軍軍人で貴族院議員も務めた吉井幸蔵、栄達した薩摩閥の血筋に生まれた詩人です。

 

詩の全文や背景も

詩の全文

いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰れも 来ぬものを

いのち短し 恋せよ乙女
波にただよう 舟のよに
君が柔わ手を 我が肩に
ここには人目も 無いものを

いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを

 

日本的なもののあはれをしみじみと感じさせる、美しい歌ですよね。

 

思わず小野小町の有名な百人一首の歌が思い浮かびます。

花の色はうつりにけりないたづらに
わが身世にふるながめせしまに

 

唄の背景

日本にあって、なぜ日本人の手によるゴンドラの唄なんだろうと疑問が浮かびます。

ゴンドラの唄は、芸術座の舞台『その前夜』の劇中歌として誕生し、松井須磨子らが歌い、大正時代に流行したのだそうです。

「その前夜」とはロシアのツルゲーネフの書いた戯曲です。

物語の中で、主人公の恋人たちがヨーロッパの旅から戻る途中に、イタリアのヴェネツィアでゴンドラを待つ中で歌われる劇中歌として作曲されました。

原作にはない、芸術座の演出として挿入された歌です。

そんな経緯で歌われました。

さらに、ゴンドラの唄には元ネタがあって、アンデルセンの小説『即興詩人』を、当時、森鴎外が翻訳していますが、この小説でヴェネツィアへ行く水夫が歌う唄をもとに、作られました。

即興詩人のこの唄は、もともとヴェネチアで歌われていた小唄で、アンデルセンが取り込んだもの。

たしか小説家の塩野七生さんがヴェネチアを描いた本、「海の物語 ヴェネチア共和国の一千年」だったと思いますが、このゴンドラの唄にも触れていたと思います。

 

この唄、なんだか覚えやすいリズムですよね。最初の七七七五は都々逸のリズム、日本人に馴染み易いリズムの詩になっています。

都々逸とは、高杉晋作が作って有名になった唄「三千世界の鴉を殺し 主と朝寝がしてみたい」

こんな感じですね。

 

実際に聞いてみたい

森繁久彌さんの唄がよく知られていますが聞いてみましょう。

ゴンドラの唄といえば、やはり黒澤明監督の「生きる」で志村喬さん演じる余命短い老人が雪降る公園のブランコで歌う姿が、強烈に印象に残りますね。

乙女の歌が、この映画では、生涯を終えようとする老人の口から発せられ、全く違う響きとなって何ともズシンと重く心に入ってきます。

黒澤明は音楽を実に効果的に扱っていますね!

 

そして樹々希林さんが映画の中で最後に口ずさんだゴンドラの唄です。

予告編の最後に書かれているドーリス・デリエ監督の言葉

「人生の美しさと残酷さを描く本作において、

樹々希林の、その女優人生最後となったシーンは、

まるで彼女が私たちへ遺したメッセージのようなものでした。」

とても印象的ですね!

「命みじかし、恋せよ乙女」が公開される2019年8月16日が待たれます!

 

まとめ

命みじかし恋せよ乙女ではじまる歌の名は、「ゴンドラの唄」で作曲は中山新平、作詞は吉井勇。

芸術座の舞台ツルゲーネフの『その前夜』の劇中歌として誕生し、大正時代に流行しました。

元ネタはアンデルセンの即興詩人の中にある歌であり、その歌はアンデルセンがベネチアの小唄を取り込んだものです。

「命みじかし恋せよ乙女の歌の名前や作詞作曲は誰?詩の全文と背景も」と題してまとめてみましたがいかがでしたでしょうか。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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