第9はなぜ12月に演奏?意外な真相をチコちゃんは知っていた!

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12月は第9の季節、あちこちのクラシックコンサートで毎日のようにどこかで第9が演奏されていますね。

第9とはベートーベン交響曲第9番、副題に「合唱」とか「合唱つき」とか呼ばれ、4楽章の「歓喜の歌」は、小学校や中学校の音楽の時間に一度は歌ったことがあるのではないでしょうか。

ベートーベンの交響曲の中でも人気が高くて、第9と略して親しまれています。

しかし、実は世界の中でも12月に第9を演奏するのは、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団くらいなもの。

日本ではなぜか12月になると、一斉にアマチュアオーケストラも含めて、多くの第9演奏会が開かれています。

NHK交響楽団の第9も年の暮れに放映されますが、第9を聞かないと年を越せないと感じていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

人気番組「チコちゃんに叱られる」にも12月に演奏する理由がとりあげられていました。

「第9はなぜ12月に演奏?意外な真相をチコちゃんは知っていた!」と題して12月に第9が演奏さるようになった経緯や第9にまつわるお話を纏めてみました。

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第9はなぜ12月に演奏されるようになった?

第9は何度聞いても、素晴らしい曲ですよね。

特に、ああでもないこうでもないという自問の果てに歌い上げられる歓喜の歌。

第1楽章から第3楽章まではオーケストラのみの演奏ですが、第4楽章もオーケストラの演奏で始まり、途中いよいよ合唱が入るところで、ソリストが立ち上がり、合唱団が立ち上がり、オーケストラの演奏に歌が加わります。

人間の声が加わって、曲の色合いが変わります。

音楽は様々なドラマを経て、クライマックスに向かい、次第に歓喜の歌が高らかに歌い上げられます。

そして曲は怒濤のようにフィナーレまで駆け抜け、歓喜の余韻を残し、コンサートホールにブラボーの声が響きます。

海外で年末に第9を演奏する、ドイツのゲバントハウス管弦楽団では、なぜ12月に第9が歌われるようになったのでしょう。第9が歌われるようになったのは戦争が契機になっています。

第一次世界大戦が終わったあと、人々の願いは平和でした。シラーが『歓喜に寄す』を書いたのがライプツィヒ。「人類すべては兄弟である」という願いを込めて、12月31日に演奏家や歌手が集まって第9を演奏しました。1918年のことです。

そしてその演奏を引き継いだのがライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団でした。人々の平和への祈りが受け継がれてきたのです。ドイツはしかしナチスに率いられ、再び戦争に向かっていくことになるのですが。

日本で第9が演奏されたのは、徳島県板東町、現在の鳴門市にあった板東俘虜収容所で、ドイツ兵捕虜により演奏されたのが日本での演奏の初演とされています。1918年6月1日の事でした。

そう、ライプツィヒ・ゲバントハウスの伝統が始まる前の事ですよね。伏線のようにドイツのお話を書き進めてきましたが、第9はなぜ12月に演奏されるようになったかの答えにはつながらないようです。

では日本で、第9はなぜ12月に演奏されるようになったのでしょう。チコちゃんに叱られるにも取り上げられていましたが、そこには意外な真相があります。

それは「NHK交響楽団」の前身、「新交響楽団」のお話になります。戦後間もない1940年代後半で、経営が困難で赤字続いていました。

年末年始の生活にも困るような状況で、改善する為に企画されたのが第9の演奏だったのです。当時「うたごえ運動」で合唱が盛んだった背景もありアマチュア合唱団が第9を歌うようになっていました。

人気ある曲でもあり、合唱団の親戚や友人にもチケット売り上げが見込めたのです。意外な真相ですが実はお正月の餅代稼ぎだったということです。

第9は特別な音楽

第9は思想的にもベートーベンの集大成のような音楽です。

ベートーベンがシラーの「歓喜に寄す」に出会ったのはごく初期の頃でした。1792年でまだ交響曲も書いていない頃です。

曲をつけたいという思いをもちながら温め続け、最後の交響曲で集大成の名曲として歴史に残してくれました。

自筆譜資料は2001年にユネスコの『ユネスコ記憶遺産』リストに登録されています。

宗教を超越したような普遍的な神や愛が描かれています。

第9の演奏には歴史に残る演奏が残っています。3つの演奏を上げておきたいと思います。

フルトベングラー1951年の演奏

20世紀を代表する指揮者フルトベングラーは第二次世界大戦で、ナチスの協力者として公的活動から禁止されていました。

禁じられていた活動が解かれて演奏した1951年の演奏が誰も超える事の出来ない演奏と言われています。

 

ベルリンの壁崩壊 バーンスタインの演奏

ベルリンの壁が崩壊、クリスマスにバーンスタインがかつての占領4か国とドイツのメンバーで演奏

フロイデをフライハイト(自由)と変えて演奏、神がかり的な演奏と言われます。

長野五輪開会式 小澤征爾とサイトウキネンの演奏

1998年の長野五輪で、世界の5大陸・6ヶ国・7か所で連携した映像が世界中に中継されました。

世界が一つになった演奏は強烈な印象を与えられました。

 

まとめ

第9シーズンが始まりましたが、なぜ12月は第9シーズンなんでしょう。NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」でも取り上げられていました。

なぜ12月に演奏されるのか意外な真相がありました。そもそも12月に演奏されるのは日本独特のもの。戦後NHK交響楽団の前身である新交響楽団が、戦後まだ間もない赤字続きの頃、お正月の団員のお餅代稼ぎの為、確実に売り上げの見込める第9を演奏したことから始まりました。

当時社会主義的な運動を背景に「うたごえ運動」で合唱人口が増え、第9を歌う市民団体も増えてきたことも動きを進めました。

「第9はなぜ12月に演奏?意外な真相をチコちゃんは知っていた!」としてまとめてみましたがいかがでしたでしょうか。

最後までお読みくださりありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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